引き続き本鬼毛9玉長柄箒作り。バラバラに製作してきた玉(束)を鬼毛箒の形に組み立てる「箒を合わせる」工程と、穂先の棕櫚繊維を濡らし整える仕上げ工程をします。
以下、昨日から掲載している地元に伝わる「しゅろの歌」の続きをご紹介します。「そのあらましを あげるなら(棕櫚皮を主に何に用いるかといえば—-)」の続きです。
(「しゅろの歌」その2。数回に分けてご紹介します)
「しゅろの歌」 田中芳男(続きの一部分)
大繩小縄 細縄に 箒 敷物 靴ぬぐい
叩き(はたき)に 束子(たわし)に 下駄鼻緒
あるいは黒き 染め縄に
庭の植木や 垣根にも 飾り結びて 使うなり
濡れて腐らぬ ものぞかし(柳野源之助著「和歌山県の棕梠栽培」大正11刊)
参考文献:展示解説集第17集 海南地方における「家庭用品産業の歩み」-棕梠加工業から合成繊維加工業へ-(平成10年10月1日 海南市立歴史民俗資料館)、
その他、地元の方々にいただいた「しゅろの歌」の手書きやコピーの資料
参考までに以下は私なりの訳文です。
太縄から細縄まで多様な棕櫚縄 棕櫚箒 棕櫚の敷物 棕櫚の玄関マット
棕櫚のハタキ 棕櫚タワシ 棕櫚縄の下駄の鼻緒
黒く染めた棕櫚縄は
庭の植木や 垣根に 飾り結びして 使います
濡れても腐らず長持ちします—-(その3に続く)
ここまでは(棕櫚の下駄鼻緒以外は)現代でも馴染みのある棕櫚製品ばかりです。ここから先の詩も棕櫚の木の使い道・棕櫚の産物の羅列がまだまだ続きます。「しゅろの歌」を読むと棕櫚製品でも、棕櫚以外の製品でも何か物づくりのアイデア・ヒントになるかもしれません。
「しゅろの歌」を最初に地元の方に教わったのは弟子入り間もない頃だったと思います。棕櫚箒の製造技術の習得だけに集中していたよそ者の私に、地元の方々は「ここで棕櫚といえば、棕櫚箒だけじゃないんだよ」と多様性や棕櫚にまつわる歴史や文化も伝えたかったのだと思います。
地元でも、棕櫚産業が盛んだった時代を知っているのは当時70歳代後半以上の方だけだったので、なるべく早い時期に出来るだけ多くの生の話を聞いておかなければと思いました。詳しい方に聞き込みしたり、師匠の工房に訪れる近所の方々や師匠の友人、出入りの業者さん、役場の職員さん、食堂や待合室で近くに座った方々などから棕櫚にまつわる話を聞きました。棕櫚の話をする時、多くの方がとても楽しそうな様子で当時を懐かしんでおられたのが印象に残りました。